last update:2000/01/21

◇ コラム ◇
 『アンチ・ラヴリィ構造体』 その2「ジブンノバショ/全ての場所」

BY 岡田知巳 (神奈川県)


 アナタは暗闇の中にいる。
 さっきまでホールの中には(おそらく客への学習効果<←洗脳?>を意図・期待する)洋楽が流れていたが、「いつものように」メンバーによる前説があったあたりでお客さん達が席に着き出す。
 …そして幕が開く前の、“一瞬の沈黙”。
 となると、ホントにカッコいいかも知れないが、これまた(耳にする者にとっては気恥ずかしいだけの)お客さんの叫び声が、ステージでスタンバっているであろうメンバーに対して飛びかう、というのがパターン。
 毎月のように行われるルーティンのコンサート。面白いかと問われれば、そうは面白くない。特に最近はそう感じる。観始めた最初の1年はとっても面白かった、ように思う。それも遥か遠い昔に思えてしまう。
 でも、つまらないかといえば、そうはつまらなくはない、という気がする。でなければ、毎月足を運ぶこともないだろう、正直な話。
 だが、SKiに代わる別の楽しみが出来れば、すぐにでもそちらへ移行するのだろうな、したいな、とアナタは思っている。
 実を言えば、そんなお楽しみがないだろうか、といつも探している。けれど、そう簡単には見つからないし、なんだかんだ言ってもSKi以上に面白いことって、(今のところは)あまりない気がする。それって、自分の世間が狭すぎる証拠に違いないのだけれど。
 飽きつつあるのかも知れないが、それでも、まだSKiを嫌いにはなってはいない。
「とても好きだ!」、と積極的に言うつもりもないけどね、いまさら。
 それが、アナタの今の気持ち。

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 SKiのファンになって2年半。早々にファンクラブにも入り、ツアーやイベントに行っているうちに、少ないながらも知り合いも出来た。けれど、毎年の卒業式で去っていった人も多くて、最近はコンサートやイベントに行っても知っている人がひとりもいない事がある。
 そういえば、「自分より新しくファンになった」人というのを見たことがない。それだけ、このグループのファンになることは敷居が高いのか。それとも、ここのファンが閉鎖的ということか。あるいは、SKiを知る機会があまりにも少ない為なのか。でも、いずれも同じことだね。
 アナタにも一応推しにしているメンバーはいるけれど、でもその「○○ちゃんを観るため」だけに来ていると言える程には推してはいない。思い入れがない。その娘にファンレターを2〜3ヶ月に1度くらいは書いていて、1度だけ返事をもらった事がある、といった所が現状だ。
 当然、その娘に自分の名前など覚えてもらってはいない。

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 コンサートは中盤にさしかかる。
 コーナーでのメンバーの発言に対して、周りの人達は大いにウケている。本当に楽し
そうに笑っている。
 でもアナタには、何がそんなに面白くて笑っているのか、全く分からない。そこでの「言葉」が分からない、ということでもない。言っていることは分かっている。それが最近のSKiの話題に引っ掛けてあるとか、特定有名客に対しての事だとか。
 でも、それって、面白いの? どうしてそんなに笑えるの?
 そういう疑問がふつふつと湧いてくる。
 アナタは、自分が周りのお客さんと同じように笑えない事に対して、少しばかり不安にかられる。でも、0.1秒くらいでその不安は消える。だって、絶対に面白くないんだもん。迎合して笑うなんてナンセンス。それより、これを面白いと思っている人って、普段どういうものを見聞きして感じているのか、そちらの方が知りたくなってくる。
 こんなところに来るくらいだから、アイドルにしか興味が無いのかな? アイドルの事ばかり24時間頭の中を巡っているっていうのも、それはそれで素敵な生活だなぁ。
 などと、揶揄するように思ってしまうアナタは、コンサートと同時刻に放映されているTV番組(アメリカの刑事ドラマ)をビデオ予約するのを忘れていたことに気づき、ちょっとブルーになる。
 あれっ、また笑いがおこっているよ。ある○○○(自粛)がいつもの○○○(当然のことながらこれも自粛)だ。みんな付き合いがいいなぁ、いくら点を甘くしても2回目以降は全然笑えないさ、いやこうも笑いがおこるのはなにか自分の知らないからくりがあるのでは…とアナタは意味なく邪推する。

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 コンサートも終わりを迎えつつある。アンコール曲になると、メンバーもお客さんもヒート・アップする。
 これでまた、あとひと月は彼女達を見る事もない…わけではなく、来週も再来週もなにかとイベントがあったりする。これまた、やっぱりアナタは参加してしまうのだ、因果なことに。
 でも、こういう(確実に“多過ぎる”と言っていい)物量で観ていてもいいものなのか? そうアナタは時々考える。毎月コンサートがあるだけでも、他のエンタテインメント系等と比べれば多すぎるだろう。まぁ、比較すべき対象ってものがよく分からないし、比べればいいってものでもないけれど。
 なんでもかんでも参加しているお客さんがいるようだが、それって実はアナタには理解できない行動だ。金銭的にも大変でしょうに(←他にしたい経済的行動というものが無いのでしょうか?)。それに、なんでSKiのみにそうも思い入れできるのか不思議だし(あ、全方位アイドルファンの方は、全てのアイドルに対し思い入れしているのです。こういう方が予想以上に多くって、SKiの客の5人の内4人はそうだ、と決め打ちしても全然OKでしょうね)。それよりなによりそんなに沢山参加していて本当に楽しいのだろうか、自分なら飽きてしまうだろうなぁと想像する。それは、逆にSKiファンとしての寿命を縮めているのではなかろうか。…いや、楽しめているのならいいんですよ、と所詮他人事に落ちてしまうな、この問題(?)は。
 それにしても、メンバーの振りに合わせてダンス(と言えるのか?)をしたり、嬌声を発しているお客さんを見ていると、自分はここにいてもいいのだろうかという疑問が生まれる。皆さん楽しそうだけれど、アナタは他の皆さんほどには楽しめていない。という気がする。なーんて、人の心を比べることは出来ない訳だけれど、でも静かに推しの娘を目で追うだけのアナタに比べて、他のお客さんは本当に楽しげだ。

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 ホールの外に出ると、幾つかの人の群れが出来ている。
 ミニコミを売っているようだ。
 そういえば、アナタもファンになりたての頃はSKiの情報が欲しくて、ミニコミをなんでもかんでも購入していた。それを熱心に熟読し、知識を頭に入れようとしていた。どんなにつまらなく思えることも、何度もリピートして読んでしまうくらいだった。そうすることが純粋に楽しかった、のだろう。
 でも、今は、そんなに「無茶苦茶欲しくてたまらない!」とは思わなくなってしまった。
 たまにミニコミを手に取ってみても、まず感じるのが“違和感”だ。それは「結局のところ、執筆しているあなた個人の思いor考えでしかないでしょ?」という考えが先に立ってしまうことである。
 まぁ、実は「執筆者個人の考えでしかない」のは当たり前で、それを文に表現して、外(=他人)に提出してみせているのだから。そして、読む側は共感するのも、異議を唱えるのも自由なはず。
 でも以前なら、その意見に賛成であれ反対であれ、それを許容し参考にしていた、と思う。でも、今ではそれを受け入れられなくなっている。何故なんだろう? とアナタは思う。
 自分の内に、SKiについてある種の考えが確立した、ということもあるのだろう。その考えと、ミニコミの文章との間に差がある、ありすぎる。…そう思う自分にも、傲慢とか視野の狭さはもちろんあるだろう。が、自分の観たもの感じたもの考えたものの方が自分にとっては“正解”なのだろう。
 そして、思い込みが激しすぎると、自分勝手な、良い(良過ぎる)イメージを作り上げてしまい、その中で自己完結してしまうのだろう。ぬくぬくとして、自分にとって気持ちいいものばかりに囲まれた内的空間に。
 それだけは、自戒すべき、とかろうじてアナタは肝に銘じている。
 それにしても、ミニコミの文章の内容については、あまりにもひとりよがりだったり、なんだかアナタにはよく分からない優越感が前面に出ていたりして、「なんだかなぁ」とため息のひとつもつきたくなってしまうのだ。書いているライターの人達は、書いたものを一度客観的に読み直すということをしないのだろうか(←先では“客観的”ということを否定するようなことを言っているので、ちょっと矛盾してしまうようだが)。それも出来ないほど、盲目的に情熱的な思い入れのある文章なのだろうか。
 それにしては、冷笑的な内容が多い気がするし、そこもアナタには受け入れ難いところなのだ。妙に理論武装したり、サブカルっぽく批評したり、アイドルをまるでコレクターズアイテムのように扱うのって、なんだか好きじゃない。「思考」「論理」はあるけれど、「感情」「心情」が見えないから。喜怒哀楽って、なんだが矛盾しているし、原因→結果という形になるとは限らないでしょう。
 でも、冷笑的なのは、実は自分の気持ちをストレートに表すのが恥ずかしいのかなぁ、とも思ったりする。なーんだ、みんな、照れ屋さんだなぁ。

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 結局ミニコミは1冊のみ購入した。自分の推しの娘が表紙で微笑んでいたからだ。電車に揺られながら、それもすぐに読み終えてしまった。
 そんなに濃い内容ではなかったし。
 ミニコミをかばんにしまうと、またもやアナタは考え出す。
 SKiまたはアイドルに関していろいろと理論武装している文章があるけれど、結局それはそのライターにのみフィットした“お話=仮説=物語”でしかないんだ。他人の考え方は結局、自分にはジャスト・フィットしはしない。自分が納得したければ、労を惜しまず自分で考え抜くしかないのだろう。
 …そうか、とアナタは思いつく。そうしてみても、いいのかも知れないな。
 そして、アナタは家に着くと、家路の途中のコンビ二で買った缶チューハイをアオリつつ、半年も触れていなかった(半年前は年賀状の宛名書きに使ったのみ)ワープロの電源を入れるのです。


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